生活

電車の列に割り込みする人にイライラした時にどうするべきか

電車のホーム

電車に乗る時、沢山人が並んでいる脇から、ドアが開いた瞬間に横入りして椅子に座る権利を獲得する輩が非常に多い(以下、「ワリコ民」と呼ぶ)

私の偏見だったとしたら恐縮なのだが、輩といっても、ワリコ民の多くは年配者だ。みなさんの身の回りのワリコ民も年を取ってる人が多いのではないか

ワリコ民を見ると、手を出したくなるほどイラつくのだが、このイライラにどう対処すべきかは常に課題だ。これに関して私見を述べたい

なぜワリコ民には年配者が多いのか

ワリコ民に年配者が多い理由は明快だろう。椅子に座りたいからだ。彼らは疲れている

そして、何で割り込むかというと、早く座りたいからだ。ちゃんと列に並んで次の電車を待っている善良な人々からすると心理を理解しがたいが、列に並んで椅子に座る機会を逃すくらいなら、悪いことだとわかっていても割り込むことで、「早く椅子に座る」という自分の欲求を満たしたいのだ

老人というのは少し間違っているかもしれない。なぜなら、本当の老人は電車で立っていると椅子を譲ってもらえるケースが多いため、わざわざ人の反感を買うワリコ民にはならず、人の善意に身を委ねると思われる

したがって、ワリコ民に多いのは、優先席の前に立っても若者から椅子を譲ってもらえないような、まだ老人というほど老人ではない「初老」の人と言えるかもしれない(無論、良識ある初老の人が大多数で、初老の人を攻撃しているわけではないので誤解のないように)

なぜ都会に多いのか

これには二つ理由があると思っている。まず一点目として、都会の電車の椅子は、人が多いため、椅子取り合戦の競争率が高いからだ

競争率が高い椅子をゲットするためには、列の先頭近くに並ばないといけない。長蛇の列が当たり前の都会では、後からきたワリコ民が次に来る電車の椅子をゲットしようとすると、列の前に割り込んで有利なポジショニングをするしか方法がない

二点目として、ワリコ民自体の絶対数が、田舎に比べて都心部は多いことが挙げられる(割り込み行為自体は田舎でも存在するという認識)

仮に人口の何%がワリコ民だったとすると、田舎はそもそも電車にのっている人の数が少ないため、ワリコ民に出会う確率が非常に少ない。一方で、都会では電車のホームにいる人の数自体が多いので、どうしても目につく

こんな感じだろう

彼ら彼女らに対して言いたいこと

挙げればきりがないが、皮肉を込めて、いくつか厳選して言いたい、

  • “年下の人にみっともない姿見られて、恥ずかしくないですか?”
    -人より長生きしてる大人は、模範となるような存在であってほしいという願いを込めて
  • “そんなに早く椅子に座りたいなら、タクシーでも拾ったらどうですか?”
    -もっとも、毎回タクシーで帰るような余裕がある初老の人には、ワリコ民にならないだけの良識があって、そうではない余裕のない人たちがワリコ民化するのだろうが、
  • “乗った電車の椅子が空いてませんように”
    -割り込んで電車に乗っても、椅子に座れなければワリコ民の図々しさも虚しいだけ
  • “いつから割り込むようになったんですか?”
    -これについては完全に興味本位

まあ、こんなところにしておきましょう

ワリコ民は絶対にいなくならない

都会での割り込み行為をなくすには、電車に全員が座れるような環境を作るか、ワリコ民の性格を変えるしかない

前者については、サノスが指パッチンでもしない限りは実現せず、現実的には難しい

後者についても、彼らの性格が変わるとは思えない。人間25歳を過ぎると段々と考え方を変えるのは難しくなると言われているが、初老のワリコ民のステレオタイプを打ち破るのは無理だろう

歩きタバコみたいに、割り込んだ人間に対して罰金を科すというのも手だが、行政もそこまでしないだろう

つまり、ワリコ民は絶対にいなくならないのだ

結論:ワリコ民への対処法

ここまで考えてきたところで、最後に私なりのワリコ民への対処法について述べたい

  1. 自分自身がもっと寛容になる
    -列に割り込むという行為を見ても、全く動じないくらい寛容な心を持つ。ワリコ民に対して手を出してしまうことは、チンピラに喧嘩を売られて手を出してしまうのと同じこと。そもそも相手にするべき対象ではないのだ
  2. 憐みの目で見る
    -イラついたら負け。小さなルールも守れない、見た目は大人、頭脳は小学生以下の存在として、彼らに対する見方を変えよう。いい大人として見るからイラついてしまう。パンダが電車の列に割り込んできても、何とも思わないだろう
  3. 割り込まれそうになったら、ちょっと広めの前倣えをして、進路を阻む
    -ごめんなさい

つまり、なんとも残念な結論なのだが、彼らが自分から変わることは難しい以上、良識を持った私たちが更に善良な人に代わるしかないのだ